なぜ、今お茶なのか?

2025年9月23日
Table of Contents

    1.なぜお茶ブランドなのか?

    僕がティーブランド TBD = Tea Be Definedを立ち上げたきっかけ。

    それは、現代の「飲み物」の作られ方に、ある種の違和感を覚えたことでした。

    街のショップやカフェに入ると、メニューに並んでいるのは砂糖たっぷりのドリンクばかり。

    あるいは、何らかの添加物でコーティングされたもの。もはや主役は「素材」ではなく、「一口でどれだけ脳にドーパミンを送り込めるか」というゲームになっている気がしたんです。

    普段の生活で健康に気を配っている僕としては、街中でも「砂糖が入っていない、けれど心から美味しいと思える飲み物」をもっと自由に選びたい。そう切実に感じていました。

    …あ、誤解しないでほしいのは、甘いものが嫌いなわけじゃないんです。
    むしろ日本のチーズケーキは大好物。去年なんて「主食はチーズケーキだったかな?」と自分を疑うほど食べすぎてしまい、気づけば体重が15キロも増えてしまったほど。それくらい、美味しいものへの情熱(と誘惑)には正直です。美味しいものがあると食べずにはいられない。。。

    でも、そんな食いしん坊な僕だからこそ、強く思うんです。
    日常の「飲み物」くらいは、余計なものを一切足さず、素材の力だけで心を満たしてくれる選択肢があってもいいんじゃないか、と。

    素材そのものがすでに完璧で、ありのままで圧倒的に美味しい。
    僕はそれを 「Pure Greatness(素材の偉大さ)」 と呼んでいます。

    そして2024年。僕はついに、その「Pure Greatness」の正体に出会うことになります。きっかけは、台湾への旅でした。

    2.台湾旅行中のの衝撃の体験

    お茶を飲むとき、僕は「茶葉」が本来持っている味を余すことなく味わいたい。

    その葉に刻まれた複雑さや、土地の個性をダイレクトに感じたい。

    それは僕が長年、スペシャリティコーヒーに求めてきた体験とまったく同じでした。

    実は、僕はコーヒーが好きすぎて自分で豆を焙煎し、バリスタとして働いた経験もあります。そんな「コーヒーギーク」である僕の視点から言わせれば、お茶は70%の人にとって、コーヒーに代わる素晴らしい選択肢になり得る。僕は本気でそう信じています。

    「いや、自分はお茶派じゃないから」と言う人もいるでしょう。 かつての僕もそうでした。ずっとコーヒーばかりを追いかけてきましたから。でも、台湾でのお茶体験はその固定観念を根底から覆すほど衝撃的だったんです。

    それまで僕が「お茶」だと思って飲んでいたものは、今思えばただの「お湯と乾燥した葉っぱ」に過ぎませんでした。

    台湾のお茶が教えてくれたのは、「素材そのものが持つ、力強い生命力の味わい」

    完熟した果実のような甘い香り、鼻から抜ける蘭の花のような芳醇さ。そして、喉を通った後に数分間も続く心地よい余韻。それはもはや、僕が知っていた「お茶」という飲み物の境界線を軽々と超えていました。

    3. コーヒーギークが台湾で「開眼」した日 

    台湾の各地を巡る中で、僕の価値観を根本から揺るがした瞬間がありました。それは、台湾の中心部に位置する美しい湖、日月潭の紅茶に出会った時です。

    台湾中部に位置する日月潭

    正直に言いましょう。コーヒーにどっぷり浸かっていた僕は「紅茶なんて、どれも似たようなものでしょ?」と思ってました。ところが、目の前に出されたその一杯は、僕の知っている「紅茶」とは全くの別物だったんです。

    まず飛び込んできたのは、まるで焼きリンゴやキャラメルを思わせる、濃密でどこか懐かしい甘い香り。そして、とろりとした濃厚なテクスチャーが、じわっと口の中を満たしていく。

    「これ、本当に何も足していないの?」

    思わず店主に確認してしまったほどです。砂糖もミルクも、香料さえも入っていない。ただの「茶葉とお湯」だけ。

    それなのに、まるで丁寧に淹れられたシングルオリジンのコーヒーのように、複雑で、力強く、そして圧倒的にエレガント。その時、僕の中で何かが弾けました。

    「これこそが、僕が探していた Pure Greatness(素材の偉大さ) だ」と。

    浅煎りのエチオピアを飲んだ時に感じるような鮮烈なフルーツ感や、深煎りのマンデリンにあるような重厚なテクスチャー。それらが、たった数枚の葉っぱから溢れ出してくる。その精密でエネルギッシュな味わいに、僕は一瞬で心を奪われてしまったのです。

    4. なぜ、お茶はコーヒーのように現代化されないのか?

    台湾から戻った僕は、あの衝撃をもう一度味わいたくて、東京中のお茶を探し回りました。けれど、どこを探しても見つからなかったのです。

    そこにあるのは、自販機やコンビニのペットボトル飲料か、あるいは格式高く、作法を重んじる茶道の伝統儀式か。その「中間」にある、自由でクリエイティブな場所がどこにもない。 ラテを頼むのと同じくらい気軽に、阿里山(ありさん)烏龍茶を注文して、ふらっと座って純粋に味を楽しめる場所。僕の知る限り、この街にはまだ存在しないのではないか。

    お茶が持つ本来の「Pure Greatness(素材の偉大さ)」を、もっとカジュアルに、けれど最高にスタイリッシュに楽しめる場所があれば、僕ならきっと毎日通うだろう。

    そんな純粋な「問い」と「渇望」が、TBD = Tea Be Defined の始まりでした。

    けれど、ブランドを形にするためには、解決しなければならない大きな壁がありました。

    それは、お茶を現代のライフスタイルに落とし込むための「形」の問題です。手軽に飲めるティーバッグという選択肢。 しかし、僕の前に立ちはだかったのは、世の中に溢れるティーバッグたちの「不都合な真実」でした。

    次のブログでは、僕が理想の「一杯」に辿り着くために、2.5gという数字や素材にどれほど執着し、お茶の価値をどう再定義したのか。

    その「ティーバッグへの狂気的なこだわり」についてお話ししようと思います。

    Next:第2回ティーバッグへの「狂気的なこだわり」へ続く

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